武蔵円明流判官派

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武蔵円明流判官派について

円明流の起源は源義経の時代に遡ります

京都の北、鞍馬寺が円明流発祥の地です。文治の頃、源義経が奥州高館城に亡命。家臣であり弟子の重源(義経流を修行)は鎌倉殿下をはばかり義経流を取りやめ、「円明流」を創流しました。これは天平7年(735)剣法書、吉備真備著の文献にあきらかにされています。重源は京都の醍醐寺僧侶として上醍醐に居住していました。醍醐寺に「円明庵」という宿坊があってそこから名を取ったとされています。

義経の剣法との関わり
義経の剣法は鬼一法眼より伝授されたと言われています。鞍馬流は陰流であり、円明流、新陰流、愛洲陰流は姉妹流派です。

円明流と二天一流の関係
円明流の流祖は俊乗坊・重源、そして源流は鞍馬流です。円は法輪のことで絶対空の無限界、明とは日輪と月とを象徴し、円満完全な兵法を目指します。宮本武蔵の二天一流の元流は円明流から分派した武蔵の兵道鏡円明流です。この兵道鏡円明流からさらに分派したのが「武蔵円明流」です。

武蔵直系の弟子が「武蔵円明流判官派」を名乗り、末裔が鳥取池田藩剣術師範に召抱えられ秘伝としたことから当流は鳥取池田藩で300余年にわたり門外不出でした。時が経ち昭和36年に公開されました。流派の特徴は鞍馬流を源流とすることから野性味あふれています。当練習会では刀法以外に、外物として短剣、手裏剣、十手、鎖鎌なども駆使します。二刀勢法は右手と左手を同時に使うのが特徴です。

上記は高橋華王(14代宗家)が遺した「武蔵円明流判官派指導書」の資料に記されています。

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